私は北京に約30年間暮らしたが、「廟会」(縁日)に足を運んだことがなかった。
 改革開放以前は文化大革命によって古い伝統は殆ど抹消され、80年代においても「移風易俗」(封建的な慣習を変えようの意)意識が支配的で、民族的伝統は殆ど復活していなかった。北京の伝統である「春節の廟会」は1990年代になって徐々に蘇ってきたようだが、1989年以降、私は日本に滞在するようになり、北京で春節を過ごす機会に恵まれなかった。今回、テレビであちこちの「廟会」の様子が報道されたため、一度、行ってみようという気になった。

 1月30日は旧正月2日にあたり、幸い晴天で、「廟会」に行く絶好の日和となった。 私は家から近いところにある地壇公園に足を運んだ。そこはすでにすし詰めの人出で、今更ながらその賑わいに驚いた。我が家のマンション近くの道路は臨時駐車場となり、交通巡査らによって整理されていた。なぜこんなに車が多いのかと訝かったのだが、地壇公園に行ってはじめて、それは「廟会」へと向かう車族のためのものであることが分かった。

 春節の地壇公園は、ふだん目にすることのできない北京の工芸品とか、全国各地からの特産物などが通り道の両側に並ぶ。また出し物もあれば、進んで舞台に上がって喉自慢を披露する青空カラオケ場もある。順番を待つ若い女性や子供たち、実にいろいろなジャンルの歌声が響きわたる。地壇公園にはなかったが、他の廟会では、北京在住の外国人による仮装行列などが催され、ますます国際性を帯びているとテレビで報道された。北京はそのうち現代の長安になるのではと思いを馳せる。

 何も買わないのは「廟会」に悪いと思って、天津名物麻花(マーファ)と紙袋に入ったタンフールを買った。モンテ・クリスト伯、椿姫など世界文学の映画DVDが一枚五元(六十円)という投げ売り物があり、六枚買い込んだ。こういう掘り出し物にめぐり合えるのも楽しみの一つである。ふと、新製品のプラスチックモップの使い方を示しながら大声で客寄せしているのが目に入る。モップを手で絞る必要もなく、なかなかよくできている。一本六十元 (九〇〇円)で、持ち帰った。もう二十年以上も使ってきた布切れモップは、これで博物館入りとなる。
 
 目を閉じると、躍進する中国の地響きが聞こえてくる。今年の春節は、これまでになく思い出深きものとなった。