ラサについたのは真夜中だった。今日は長い時間車に揺られて、お腹がぺこぺこ、 深夜営業の料理屋を探したら、ホテルに行く途中のラサ河の中州に「人民公社」の看板を掲げている店があった。入って見ると、沢山の丸テーブルがあったが客はわたしたちだけだった。
 テレビを見ていた若い服務員たちがいそいで注文をとりにきた。全員、皮ベルトをぎゅっと締めて紅衛兵の服装をしていた。出された料理はマツタケを主にきのこの鍋物だった。壁には人民公社時代の毛主席の農村視察の写真とスローガンや語録が一杯貼ってあった。改革開放の時代の今、異様な感じがした。

 翌朝、ゆっくりと朝食をとって、10時過ぎに、 ラサ市内見物に出かけた。現地時間に直すと多分8時ぐらいの感じだろう。それだけ北京の西に位置しているからだ。

 最初に行ったのは大昭寺のある八角街だった。今日はチベットの「雪頓節」という民族の祭りということで、大変な賑わいだ。寺に向かって、広い商店街を進んで行くと、二年前に来たときせり出してひしめいていた出店がなくなっていた。

 寺院の入り口に大勢の信者が五体投地して、礼拝していた。商店街を覗いて見ると、 両側にぎっしりと並んでいる店は、宗教用器、生活用品、医薬品、服装などを溢れるほどに並べて、忙しそうに客をもてなしている。門前町の繁栄ぶりは、日本の寺のお正月を思わせる程だ。

 広場を歩いていると、ラサテレビ局の取材班の記者に呼び止められて、ラサに来た印象を尋ねられた。私は、今度は三回目のラサだ。新しい建物が増えたこと、町がきれいになったこと、町を行く人たちの服装がきれいになったことが目に付いたと話した。これは、人々の生活がよくなったこと、経済が繁栄になったからだと思う、といった。三・一四の暴乱事件について、感想を求められた。私は、これは組織されたテロ暴動だ。平和な生活を営んでいる市民を無差別に殺害した行為は許せません。今目にしている、市民の明るい表情が、この町は元の町に、戻りつつあるとつよく感じた、 と感想を述べた。

 次に、見に行ったのは、観光コースの目玉であるポタラ宮だ。二年前に宮殿の頂上まで、登ったので、宮殿前広場を散策しながら、美しいポタラ宮を眺めることにした。 世界の名宮殿は、いつ眺めても素晴らしいと思う。この宮殿が最初に建てられたのは紀元七世紀で、チベットの王松賛干布が唐から文成公主を妃に迎えた喜びの記念に建てたそうだ。敷地面積は36万余平方メートル、主棟は十三階、 高さは117メートル、築城と寺院を合体した宮殿として、海抜3700メートルの高い場所に建てた唯一の世界的名所である。